炉の茶事は松籟の移ろいに一層趣き深いものを感じます。炉では亭主は客を迎えるにあたり 炉中の化粧灰を厚く撒きます。そして下火は稽古のときとは異なりあまり強く熾さず四分の一から五分の一位熾します。客が席中に入ってくる寸前に炭の火の点いている方を上にして(夏下冬上)下火同士の隙間を空けず火の回りを抑えるように炉中に置く事が肝心です。そしてたっぷりと水を含ませた濡れ釜を客が入る寸前に懸けて客の席入りを待ちます。客は席入りをして先ず床を拝見して 点前座に進み濡れ釜を拝見します。このとき釜がしっとりと濡れているのが亭主の力量です。主客問答の後 炭手前をする頃まで釜は濡れて美しい存在感を示しております。釜を上げて初掃きをした時の炉中は 下火の周りの湿し灰は乾いて白く そして四隅の湿し灰はまだ乾かずにこっくりとした良い色を残しています。炭つぎは風炉と異なりいかに火が回らないようにつぐかを心掛けます。動かす一本の下火も隙間が出来ないようにつがなければなりません。ここまでしっかり出来れば松籟は一回の茶事の間見事な変化を見せてくれます。

 炭手前が終わり懐石ですが この時の蒸れる前のあの柔らかい一文字のご飯ほど お米の美味しさを感じる時はありません。客の刻限遵守の理由です。ここで飯から食べるか汁から食べるかがよく問題になりますが 亭主が時間を見計らって準備をしている事を考えると飯から食べるのが客としては良いのではないでしょうか。ご飯はすぐに蒸れてしまいますが 汁は少し時間がずれてもご飯ほど変化はありません。ただ汁から食べないとご飯が喉を通らないという人は汁からでもかまいません。そして懐石が進み亭主相伴の頃 釜の煮えが頂点に達し亭主の居ない穴をこの松籟が埋めてくれます。

 中立ちの間 炭はいじらない方が 後炭の流れを楽しめますので炉中は 香を焚く程度にしておきます。ゆっくり打たれる銅鑼の音で後入り。濃茶点前の中蓋をする頃も初炭が上手く行っていれば 釜の松籟は心地よい音を立てております。蓋を開けると松籟はまだ一段と大きな音を立て その松籟の中で濃茶を練るのはまさに亭主の醍醐味です。客がお茶を吸い切り亭主が釜に水を差すと 釜鳴りが一瞬のうちに消え あたりがこんなに静かだったのかと思うほどの静寂が漂います。ここで初めて釜の音がいかに 賑やかに客をもてなしていてくれた事に気が付きます。

 濃茶が終わり後炭、胴炭はもう火箸で軽く触っただけで二つに割れます。薄茶点前に入り正客に一服薄茶が点てられる頃 また釜が音を立て始めます。そして一回の茶事が終わりお別れの挨拶をする頃には 釜の松籟はあの賑やかな音を立ててお別れの寂しさを紛らわしてくれるという役目までしてくれます。

 一座建立 茶事は客の力量も大切です。懐石の間もただ黙々と食べるだけで裏方の様子を図らない客は最低です。ここは亭主が遅れていると察した時には場をシラケさせない会話力も客には必要です。黙っていなければならないのは濃茶を練る時だけです。

 先人達は こんなきめ細かいシナリオを私達に残してくれました。そんな先人達に感謝をしながら日常の稽古に励んで行きたいものです。     (記 平成十七年十一月)